【志村けんと和田アキ子は犬猿の仲】志村はいかりや長介の付き人時代、散々イジメられていたという。だからこそ、弱いものイジメをする奴が大嫌い!

2016-07-04 18:22:56

芸能界では人徳者として知られる志村けん



 1968年、卒業間際にザ・ドリフターズ(以下ドリフ)の付き人になる。

コント55号とドリフのどちらに弟子入りするか迷ったが、音楽性の面からドリフを選び、1968年2月にいかりや長介の家へ直接押しかけ、雪の降る中、いかりや長介本人が夜中に帰ってくるまで12時間ほど待ち続けた。

1週間後にいかりや長介から弟子入りを認められ、ドリフの付き人となる。当時のドリフは積極的に音楽活動を行っていたため、仲間内では「付き人」ではなく「バンドボーイ」(通称ボーヤ)と呼ばれていた。

加藤茶の付き人となるが、1年余りで一度脱走し、バーテンダーなどのアルバイトをしたりしていた。仲間が伝えるのを忘れたせいなのか脱走したとメンバー内で騒がれていた。

戻ってくる時はいかりや長介の家に行きにくかったので、加藤茶の家に行って頼み、いかりや長介へ口添えしてもらったところ、「2度も弟子入りするやつはよくよく好きなんだろう」と出戻りを認めてくれた。



このエピソードの詳細はこちらの記事をご覧ください<(_ _)>
http://hitomoti.com/archives/3481

 

このような経緯で芸能界入りを果たした志村けんだったが、

 

いかりや長介からは、散々イジメられていたらしい・・・。

 

いかりや長介は、志村けんを育てるために、

 

より一層厳しく接したのかもしれないが。

 

ただ、そんな辛い過去があるからこそ、

 

志村けんはイジメをする奴が大っ嫌い。

 

それが理由で、犬猿の仲とされている大御所がコチラ・・・

 


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