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【志村けんと和田アキ子は犬猿の仲】志村はいかりや長介の付き人時代、散々イジメられていたという。だからこそ、弱いものイジメをする奴が大嫌い!

芸能界では人徳者として知られる志村けん

 1968年、卒業間際にザ・ドリフターズ(以下ドリフ)の付き人になる。

コント55号とドリフのどちらに弟子入りするか迷ったが、音楽性の面からドリフを選び、1968年2月にいかりや長介の家へ直接押しかけ、雪の降る中、いかりや長介本人が夜中に帰ってくるまで12時間ほど待ち続けた。

1週間後にいかりや長介から弟子入りを認められ、ドリフの付き人となる。当時のドリフは積極的に音楽活動を行っていたため、仲間内では「付き人」ではなく「バンドボーイ」(通称ボーヤ)と呼ばれていた。

加藤茶の付き人となるが、1年余りで一度脱走し、バーテンダーなどのアルバイトをしたりしていた。仲間が伝えるのを忘れたせいなのか脱走したとメンバー内で騒がれていた。

戻ってくる時はいかりや長介の家に行きにくかったので、加藤茶の家に行って頼み、いかりや長介へ口添えしてもらったところ、「2度も弟子入りするやつはよくよく好きなんだろう」と出戻りを認めてくれた。


このエピソードの詳細はこちらの記事をご覧ください<(_ _)>

いかりや長介さんが亡くなってから12年 あれから随分と月日は流れたが、加藤茶が長さんに宛てた弔辞を今見てもグッとくるものがあります。 霊きゅう車に手向けの「

 

このような経緯で芸能界入りを果たした志村けんだったが、

 

いかりや長介からは、散々イジメられていたらしい・・・。

 

いかりや長介は、志村けんを育てるために、

 

より一層厳しく接したのかもしれないが。

 

ただ、そんな辛い過去があるからこそ、

 

志村けんはイジメをする奴が大っ嫌い。

 

それが理由で、犬猿の仲とされている大御所がコチラ・・・

 

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  • コメント

    1. 匿名希望
      2016/11/01(火) 21:18:33

      やっぱり、仲本工事、高木ブー、志村けん、加藤茶、いかりや長介このメンツでドリフターズですね!

      • 匿名希望
        2017/09/01(金) 19:09:20

        偶には、先に逝ってしまった荒井注のことも思い出してあげてください

    2. 匿名希望
      2016/11/04(金) 23:22:14

      ドリフターズっててっきりいかりや長介とか志村けんとかのことかと

    3. 匿名希望
      2016/11/04(金) 00:50:40

      ドリフターズに志村けん出ないのか
      同じ名前なだけなのか

    4. 匿名希望
      2016/11/05(土) 19:25:50

      志村けんと加藤茶って仲悪いんでしょ

    5. 匿名希望
      2016/11/05(土) 20:38:24

      ドリフターズって言われても真っ先に志村けんの顔しか浮かばないんだよなぁ

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