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『お金がないの。高校辞めて働いて欲しい』私は中退し、体を売る店で働いて毎月20万以上母に渡していた。母が急逝。埋葬後、母の通帳を見たら涙が止まらなくて…

『お金がないの。高校辞めて働いて欲しい』私は中退し、体を売る店で働いて毎月20万以上母に渡していた。母が急逝。埋葬後、母の通帳を見たら涙が止まらなくて…

「お父さんは愛人と暮らすために私達を捨てた」

小学校の低学年時に父と母が離婚した。

 

その後父に会ったのは1度だけで(2年半後)、

「こちらで暮らさないか」と言われたけど、

「お父さんは愛人と暮らすために私達を捨てたのよ」

 

と教えられてきた私は、側にいた母にしがみつき泣きながら断った。

「お父さん嫌い。二度と会いたくない」と。

 

母は私達を学校に送り出した後に仕事に出かけ、掛け持ちで水商売と夜遅くまで働いていた。

 

貧乏で欲しい物も買ってもらえず、弟とふたりで暖房の無い部屋(危ないから)で母が帰るまでお腹をすかせて震えていたりと辛かったけど、懸命に働く母を助けるため私も家事を覚えて、小6くらいからすべての家事をしてた。


そんな幼少時代を経て、高校の時に母から泣きながらこう言われた。

「不景気で給料が下がって、その上家賃が上がったから生活出来ない。

養育費もないし、無理しすぎて肝臓が悪くなった。

このままじゃ弟も学校にやれない。

悪いけど学校をやめて働いて欲しい」

 

大会目指して頑張っていた部活に未練を残しつつも、高校は辞めざるを得なかった。

 

 「私が支えていかなきゃ」 

と母の言葉に従って働き、18歳までは10,000円以外すべての給料、18歳からは母の紹介の水商売のお店で働いて毎月20万を渡していた。

 

でも、それでも家計は厳しかった。

 

何故だかわからなかったけど、

「毎月30万くらいないと家計が回らない」

 

母から言われるようになった。

 

私も18の女の子。

 

欲しい服の一つや二つはあるし、10000円じゃ私が回らない。

弟も、言わないけど小遣いもなく無理している。

 

30万も稼いで家に入れ、弟の学費とお小遣い。そして自分の生活費。

高校も出ていない18歳の女子には、もう選択肢は限られていた。

 

私は自分の身体を削る仕事も始めざるを得なかった。

もちろん、家族には内緒・・・

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